お法使祭

伝説によれば、天宇受売命が猿田彦命の案内で益城町杉堂地区近くに降臨され、それ以来、津森神宮周辺の十二地区の氏子地域を一年毎に巡幸するようになったという。そのため、ご神体は神殿を持たず毎年御仮屋住まいです。

一方、津森神宮の縁起(古文書)によれば、本宮が勧請創祀された欽明天皇二年(西暦541年)、国司藤原法昌は勧請建立者として、毎年津森神宮大祭が滞りなく行われるために勅使(天皇の使い)を派遣し参詣していたという。勅使は、大祭の翌日氏子地域をご神体とともに巡幸されていたと言う。この勅使の代参が即ち「お法使(おほし)」と言われ、「魔除けの力を持った使者」(「法」は、当時”魔除け”という意味を持つと言われる)と最高の敬称を付けていたと言われます。お祭りとして定着したのは、13世紀半ば頃と思われます。

御神幸行列は、笛太鼓の道楽や道踊りを従えて、御仮屋からお休み場を挟んで、次の地区の新しい御仮屋へと進んで行きます。 お法使祭は、12地区を巡幸しています。


【神事日程】
十月一日
《しめ卸し》
御仮屋・お休み場に新しいしめ縄を飾り、祓い清める神事。

十月二十九日
《神前奉告祭》
二地区のお法使元や世話役の出席の上、津森神宮の神前にて受け取り渡しの神事。後の直会には、丸い里芋の吸い物が付き物です。

十月三十日
《遷宮祭》
ご神体を神輿に御仮屋にて遷す神事
《受取渡し》
ご神体の乗った神輿を地区の境界にて、次の地区へ渡す神事
《遷座祭》
次の地区の御仮屋にてご神体を御仮屋へ遷し鎮める神事

上記の他、年三回(一月、五月、九月)、御仮屋にて神様の恵みに感謝する神事をします。

菊陽町辛川地区の御仮屋

道樂(みちがく)の子ども達

ふれ太鼓

ジャンガラ踊り

御仮屋前にて記念写真

田原地区の担ぎ手