ご由緒

伝承では欽明天皇の2年(西暦540年)9月29日夜丑の刻、神武天皇の神霊が現れたので時の国司藤原法昌が社を建立したという。

往来此の辺りは入り海の津でしたが、神武帝の霊体出現時よりたちまち森となり、此の地は 「津森」と言われ宮所の名となっています。

当初は、今より南東の丘の上に本宮があり、今も 「影向石(ようごうせき)」と言い史跡となっています。宝治元年(西暦1247年)、時の将軍藤原頼嗣が社地を現在地に移しましたが、安土桃山時代末期小西行長の兵乱により領内は悉く焼かれ神田社領も没収せられました。現在の社殿は、その後再建されたものです。

欽明天皇2年
540年
神武天皇の神霊神勅により、創祀。
宝治元年
1247年
鎌倉幕府第五代将軍藤原頼嗣(ふじわら の よりつぐ)により、現在地に社を建立。
平成16年
2004年

150年を経て朽ちかけていた、本宮の絵馬修復に着手。氏子の皆さんの浄財により現在4枚の修復を完了。

令和5年
2023年
町の重要文化財に指定。